ずっとスピリチュアルのことばかり考えて生きてきた。
スピリチュアルって、しょう油みたいなものなのかもしれない。
調味料として、少しあればおいしいけど、
しょう油だけ飲むのは、マズい。
それなのに、ずっとしょう油をなめていたのかもしれない。
スピリチュアルが人生の目的の人もいていいんだけど、私にとっては、調味料だったのかもしれない。
以前は、スピリチュアルが人生のすべてみたいに見えていたのに、全くそう思えなくなった。
現実のためにスピリチュアルが存在しているのに、
スピリチュアルのために現実が存在しているかのように思ってた。
スピリチュアルは、現実を乗りこえる哲学であって、現実を大切にしなければならないと思う。
好きなときに好きなことをやる、というスピリチュアル動画のいうことを聞いてると、
スピリチュアル指導者か占い師かニートにしかなれない。
スピリチュアル指導者は毎日同じようなことを言ってる。
それって、あまり楽しそうじゃない。
でも彼らにとってはそれが楽しいんだから、文句言うのは違うんだろう。