私は酷い発達障害があった。周りから指摘されるほどに。さらに、トラウマからくる記憶障害もあった。
記憶力は、今でもよくないけど、それでも病的なほど全てを忘れてしまう人間だった。
怒られていても、怒られた記憶があまり残らなかったので、毎日のように同じことで怒られていた。
その調子だから、突然クビになったこともある。
それでも、親に頼るわけにはいかなくて、毎日怒られながら働き続けていた。
いろんな人から指摘されるけど、自分は発達障害だと認めたくなかった。
障害があったとしても、実家に戻って、無職でいられるわけではなかったので、診断をつけてもらおうとは思わなかった。
そんな中、「発達障害だと診断されて楽になった」という人の話を聞いてて、
うらやましくて仕方なかった。
自分は診断されても、実家に戻れないから働かないで暮らす手だてはなかった。
発達障害が ひどくない人たちが診断を受けて、
安心して実家で暮らしてるのに、
発達障害で記憶障害の自分が、毎日怒られながら、泣きながら働いてる現実の不平等さに、
怒りを感じてた。
でも今にして思えば、その逆境も良かったんだ。
若くなければそんなポンコツは雇われなかった。
チャレンジできるうちに、たくさんチャレンジできた。
3の能力の人間が、障害だからと言って、
ひきこもって3の能力のまま終わる人生と、
1の能力の人間が、逃げる場所がないので、
死にかけても戦い続けて、5くらいの能力になっている。
どっちが良かっただろう?
人生は、エベレスト級にハードだったけど、
結果的に得たものは大きかった。
記憶障害という能力があったからこそ、怒られても、いじめられ続けても生き続けることができた。
お金がなくなったら、また社蓄に戻るのかもしれないけど、
勝てない戦いをずっと続けてきた経験値は、
自分の武器だ。