スピリチュアルを信じても何もならないと思い始めた。
龍を確かに見たし前世の記憶もあるけど、
そのことをずっと思い続けていても、人生は何も変わらないような気がした。
霊とか妖精とかを見つける能力が少しはあるけど、
セドナのヒーラーからは、一緒に行った友人がヒーラーになるべきだと言われ、自分には決心があればヒーラーになることもできると言われた。
自分は選ばれなかったという嫉妬もあるのかもしれない。霊感が少しあっても、自分のようにネガティブなものは確かにヒーラーには向かない。
それに体調が酷く悪いせいもあるかもしれないが、
今の自分はスピリチュアルを受け付けなくなった。
今までウトウトしてる状態でチャネリングしていたけど、体調が悪すぎて気を失うように寝るようになった。この体調不良は、人生の目的を生きていないことからきているらしい。
人生の目的をやらないと死にそうになるなんて、
なんと強制的なプログラムなんだろう。
人生の目的ってなんなんだろう。
芸術をみて第三の目を働かせるのも、
スピリチュアルを楽しむのも、
社畜として生きるのも、
人生の目的ではなかったのだろう。
それをやるために生まれてきたのではないのだろう。
自分の好きなことにヒントがあるという。
弱ってても欠かさずに続いてる趣味は、
音楽と書くこととオカルトくらいだ。
書くことは自分にとって、排泄みたいな感じなので趣味とも違うけど。
そういえばセドナのヒーラーは、
「あなたは若い人のために本を書くだろう」、って言ってた。書くことが好きだなんて一言も言ってないのに。
若い人に対して思うのは、
大人になってもハロウィンの仮装パーティーをやっていたり、
滝沢カレンみたいな言葉づかいで、YouTube動画やコメントらんを賑わせている人が多いとは思う。
若い人は、障害者や老人などの弱者に対してさえ、見た目をけなすような心ない人がいる。
そういうのを見てると、この国も終わりだなと思う。
自分が普段虐げられてるから、より弱いものを傷つけようとする。それが若者に多く見られる。
そういえば、自分の前の職場でも、より弱いものをバカにする構造だった。
もしかしたら、若者だけじゃなくて、社会全体がそうなのかもしれない。
地獄で釜茹でにされながら、釜に入ってない人に手を伸ばして爪を立ててくる。
そんな哀れな人間なのかもしれない。
そうやって想像してみても、全然同情できない。
釜茹での火を強くしにいきたいくらいだ。
全く優しくなれない。ヒーリングしたのに、人に対する憎悪が全然治ってないじゃないかと思う。